数理生態学とは?(第壱回)

このページをクリックした人はきっとこの変わった名前の学問のことを初めて聞き、web検索をしてこのサイトにたどり着いたにちがいない。このページでは、研究の合間を縫って、少しずつ数回にわたって「数理生態学とは?」について私見を述べていこうと思う。たった一言で言えば、「数理生態学とは、数理生物学 (Mathematical biology) の一分野である」が、とすれば、「数理生物学とは?」の説明を始めなければいけない。

数理生物学は、簡単に言えば、数学と生物学のmixtureのような学問である。だから、どちらに重きを置くか、に依存して呼び名が変わり、数学に重きを置く人は生物数学 (Biomathematics) と呼ぶ。研究の対象が生物現象であると思う人と数学であると思う人の間で言葉が変わることになる。共通しているのは、数理モデルや数学的知見を用いることと、モデル化する(模型を作る)対象は、生物学的現象だということである。

高校の教育課程ではあまり聞いたことのない分野であるが、その歴史は量子力学の歴史とそう変わらない.ド・ブロイの物質波仮説やシュレディンガー方程式が提唱された頃には、すでに Feldman(1923)によって、”Biomathematics, being the principles of mathematics for students of biological science. “という名の著作が著され、集団遺伝学の祖であるSewall Wrightが『メンデル集団における 進化』(1931)を著している。実は、集団遺伝学の理論家たちは早い時期に発展した数理生物学の一つの波をつくった。生態学の数理モデル理論のさきがけとなる著作をロトカが著したのも1925年であった。

それらの波が日本に伝わるのには、少し時間がかかったようである.私の知っている日本の数理生物学の教科書で最も古いものは戦後の1953年に小松勇作が著した「数理生物学概論」である。そこでは、まず第1章「生物の増殖」でロジスティックモデル、ロトカ・ボルテラ方程式、齢構成モデルを紹介し、2章では、複遺伝子座多対立遺伝子モデルの丁寧に解析手法が紹介されている。ミクロな現象に関する数理モデルのさきがけも紹介され、細胞内における物質の拡散を記述するモデルや昔のラシェフスキーの興奮方程式モデルの詳細な解説がなされている。1963年にホジキンとハクスリーがノーベル賞をもらう10年前のことである.(第弐回に続く)